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自分で剥いて喰えということらしく林檎と使い捨てナイフが機内食だった
青島→鄭州→烏魯木斉への旅程。鄭州でのトランジットで、乗った飛行機が旧ソ連製。各座席の前には小さな扇風機。収納式の座席テーブルは木製。座った途端、嫌な予感がしました。離陸アナウンスが流れたあと何故か1時間ぐらい暑い機内で待たされ、「飞机坏了」で下ろされ、そのまま鄭州のホテルへ直行。訳が解らないまま、鄭州で1泊し、翌日何とか烏魯木斉へ辿り着きました。でも、飛ばなくて良かった!
たわいもない話。
94年6月、初めて台湾へ行きました。駐在先の中国から香港経由で。
当時台湾は15日間以内(たぶん)で、往復チケットを持っていたらノービザで入国できました。
中正国際空港、今の桃園国際空港に到着し入国審査へ。
パスポートを見せると、ビザが押されていないため、審査官が、怪訝な顔をして僕に「帰りのチケットは?」というように英語で尋ねました。僕は英語は分からないので、おそらくそういう意味なんしゃないかなぁ、と感じました。
そこで僕は、香港への帰りのチケットを見せながら、一言「有啊」と答えたのです。
すると審査官は、急に驚いた顔をして、「你懂中文嗎?」と言ったのです。
僕もそんなに驚くとは思っていなかったので、少しびっくりしながら「對啊」と。
審査官は物珍しげに僕を見ながら手続きを済ませ、パスポートを返してくれ、無事に入国できました。
話した中国語はほんの少しだけでしたが、当時、中国語を話す日本人ってそんなに珍しかったのかなぁ。今でも不思議です。
家族4人で中国路線に乗ると、ほぼの確率でダンナが日本人、私が中国人に間違われます。
以前杭州行のANAに乗った時、案の定ダンナは日本語で食事を聞かれ、私は中国語で聞かれました。
私が「え?」っと言ったのでCAさん、私が日本人だとわかり「すみません」と言われました。

CAさんの話では圧倒的に、だんなさん日本人、奥さん中国人の家族が多いので、てっきりそう思ってしまいましたとの事でした。
初中国の89年だったかな、北京空港のトイレに入ったら、制服を着た空港職員が、温風で濡れた手を乾かす機械で、濡れた髪の毛を乾かしていました。
洗面台にシャンプーが置いてあったので、トイレ洗面台の温水で洗髪したことが分かりました。
けっこう驚きましたね。
あれ?桂林の空港だったかな?
留学中、関東方面の日本人の中に、飛行機代を安くするためなのかイランの航空会社を利用する人がけっこういたような。
機内が汚いとか、独特な匂いがするとか言ってたけど。
今でもそうなのかな?
Air Chinaに乗ると、離陸後に操縦席から空気が流れてくるんだけど、毎回必ずタバコくさい。機内にライター類は持ち込み禁止なはずなのに、絶対操縦席で吸ってると思う。
台湾でのことです。
10年前、台湾台北の松山空港から金門島へ観光に行きました。
フライト便は、復興航空トランスアジアだったかな?
そのCAさんの制服が、淡いピンクの半袖ポロシャツに同色の綿パンで、とても可愛かったのです。
男性も女性も同じ制服。
思わず、デジカメでCAさんの写真を撮ったら(女性の方)、目でダメ、と制されてしまいました。
う〜、撮りたい、とスケべなおじさん根性で、CA席?に腰かけたCAさんを再度パチリとしたら、一旦締めたシートベルトを外して、僕のところまで来て、厳しい表情で不行,別拍照!と。

スケべなおじさんの恥ずかしい話でした。
真對不起。
北京から羽田への飛行機に乗ったとき、隣のオバさんと話した。娘が日本人と結婚して、東京に住んでいて、出産するから、行くと。「日本のトイレはきれいだ。しかも臭くない。消臭剤の人工的な香りもしない。それがとても不思議だ。中国ではありえない」と。日本を褒めまくっていた。
北京発 大連経由で帰った時かな。
小さい飛行機なので、バスで飛行機の近くまで行ってタラップを上がるパターンです。

ある日本人旅行客ですが、大連経由するのを知らなかったらしく、大連ってどこ。近くの日本人に聞いてました。
(切符を渡されたにしても自分が乗る飛行機の航路を知らないって。。。)

同じバスに乗ったので、同じ飛行機に乗った筈ですが。
飛行機内でも、降りた先の空港でも見なかった。

彼は一体どこに。
バス内やバスを降りて待ちの間に滑走路の写真をパチパチ撮ってたからかな。。。
地方空港なので北京に行く便は乗り継ぎが必要。乗り継ぎ経験を積んで油断していたのでしょう。
浦東経由で北京へ。
順路に従って歩くと何故か空港の外へ?? 並んでチェックインして搭乗口へ。
搭乗口では係員に誘導されて何故か非常通路の様な所を通って、あっち行って。みたいな感じ。
空港の外へ戻る。。。。
訳分からないまま彷徨って、時間をハラハラ確認すると、”欠航”の文字が。
アナウンスがあったのかも知れませんが、聞き取れているわけもなく。浦東乗り継ぎのつもりなので荷物も取ってなく。

中国人の友達に電話してカウンタの人と話してもらって、虹橋に行けって事は分かりましたが。
途中で電話の電池も切れ。
上海で朽ち果てるのかと思いました。
いつだったか忘れたけど
北京発、成田行ANA。
前の席の中国人女が突然キレ出した。
座席上の荷物棚に自分の物が入りきらないと。
別の中国人男が、アンタ専用じゃないよ、と言ったら
女がヒートアップ!
私はあまりにもうるさいから
「うるさい!」と苦情を申し入れた。
そうしたら、他の中国人男性が
「おまえら、中国人として恥ずかしくないのかっ‼︎」と
迫力ある喝を入れてくれてその場が静まりました。
たまに理性を失う中国人…。
1、昔中国国際航空に乗った時、飲み物をなかなか決められなかったら、
舌打ちされてスルーされたことがあり、それから大分向こうからカートが
見えたら、飲み物を考えるようになりました。

2、隣の席の中国人留学生の恋愛相談に乗った事があるが(彼氏が台湾人で
家族に反対されているという悩み)、あれからどうなったのかな?

3、5年前中国東方航空に乗った時、息子が寝てしまったので頼んでいた
  フルーツミールを断ったら客室乗務員に舌打ち打たれました。
  また預けていたベビーカーも壊されていて、東方航空にクレーム入れたら
  「経由の上海で壊れたかもしれないから上海でクレームを入れて」と
言われた。もう二度と東方航空は乗りません!!

4、息子が寝てしまいキッズミールが食べられなかったのですが、中国国際航空の
  乗務員さんが「起きてお腹がすいてたら可哀想だから」とパンやお菓子を包んで
  くれたんです。感動しました~!
15年前の中国国際航空のベビーミール。
驚いたのが、キンキンに冷えた1L紙パックミルクが
出てきた事。飲まないけど、コップも無し、ストーローもなし。
どうするの?って思いました。
飛行機に関するエピソードは色々ありますが、一番記憶にあるのが、
5か月の娘を連れて初めて日本に帰国した時の事。
交通渋滞を心配する私をよそに、ダンナの「大丈夫」を信じたばかりに
北京空港に到着したのは、離陸30分前。
もちろん受付カウンターはクローズしており、JALの職員に怒られながら
手書きのチケットを発行してもらいました。
走って手続きしてと言われ、大泣きする娘を抱き猛ダッシュ。
しかし、最後の手続きの時、「外国人優先」と言われロシアの団体の
手続きを優先されたのです(私も外国人だ!!笑)。放送で私の名前を
何度呼んでるのが聞こえ困っていると、後ろの香港人が「赤ちゃん連れで
時間もないって言ってるのにひどい。あなた隣の列の人たちに言って
先に手続きさせてもらいなさい」って言ってくれたんです。
隣で並ぶ人たちに大声で事情を話し、先に手続きさせてもらって、
飛行機に滑り込み。私が乗った途端飛行機のドア閉まりましたよ。。。
今考えたら大変だったけど、離陸30分前にも関わらず乗せてくれたのには
感謝ですね!
北京から羽田への飛行機に乗ったとき、隣のオバさんと話した。娘が日本人と結婚して、東京に住んでいて、出産するから、行くと。「日本はきれいだ。空港の床は絨毯なのよ。それなのにあんなにきれい。中国ではありえない」と。日本を褒めまくっていた。